麦藁帽子さえ貫く日差しに目を細め、何処からか聞こえてくる蝉の声に耳を澄ます。
蒸し暑い、うだるような八月のさがり。
好きな歌を口ずさむ陽気でもなく、かと言って暗く沈み込むわけでもなく。
陽炎が舞い踊る曲がりくねった道を一人、小さな花束を手に歩いていく。
あの道を真っ直ぐ、この角は左に、その坂を登って。
坂を登り終えてすぐ。足元をすくうように乱暴な風がどっと彼女に吹き寄せた。
「あっ」
ワンピースの裾を両手で押さえた刹那、ふっと頭上が無防備になる。
有無を言わさず風に乗る麦藁帽子。慌てて引き止めようとする彼女の指先を、飄然とすり抜けて行く。
しばらく呆然とその光景を眺めながら――追いかけることもままならず、目を細めてじっとその行く末を見つめていた。
夏の空。
空を覆う入道雲のその向こう側。
吸い込まれそうな青空の真下。
……そして、彼女はゆっくりと降りていく。
――ドクンッ
重なる視線。
鳴り止まない高鳴りを抑えようとするその手のひらも、いつの間にかじっとりと汗ばんでいた。
開いて、閉じて、また開いて――ぎゅっと握り締める。
ふぅっと息を吐いて――しばらく、久方ぶりの再会に満面の笑みを浮かべた。
「お久しぶりです……耕一さん」
残月
一年。
あれからもう一年が過ぎた。
その時間が長いか、それとも短いのか――千鶴には分からなかったが、少なくとも忘れ難い日々だったことは間違い無い。
目を閉じれば……繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……決して終わることなく、繰り返される光景。
血染めの決別。
赤。
あか。
アカ。
aka。
目の前が、視界が、網膜を通す世界全てが単一に染まっていく。
捕らえどころもなく、色褪せることもなく、染み込むように、その色は千鶴の意識の深くに忍び寄って、そっと囁くのだ。
ぽつりと――耳元で――舐め回すように――
狩猟者の本能が理性を支配し、その恍惚が彼女の右手を異形の姿に変える度……鬼の右手は、左手に握った鈍色のナイフに切り刻まれる。
目を閉じれば……繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……
止めど無く滴り落ちる血が、頬を伝う涙に変わるまで。
手向けた線香から立ち上るかすかな煙。
憂鬱な千鶴にも容赦なく――時折軽い眩暈を伴いながら、日差しは降り注ぐ。
一つ、また一つ、花を折りながら……独り言の様に小さな墓石に語りかける。
「貴方がいたから……だから、私がいて。貴方がいない私は……きっと、抜け殻ですね」
自嘲ともとれる笑みを浮かべ、千鶴はすがるように墓石を抱き締めた。
冷たい温もり。
酷い、重みと慰め。
致命的な失い。
「貴方は私を許してくれると言いました……でも、貴方のその想いが私を離さないんです。この抜け殻を、いつまでも抱いていてくれるんですよ。耕一さん……どうしてあの時、私は、貴方と一緒に……」
崩れ落ちる千鶴の傍らを、風が通り過ぎる。
届かなかった想いを乗せて。
届かなかった言葉を運んで。
何処へ行くとも知れぬ、風に。
これが夢なら。
これが夢なら。
これが夢なら。
…もし、これが夢なら。
そっと後ろから。
貴方は私を抱いて、囁いてくれますか?
たった一言。
終わらない夏の始まりを。
終わらない夢の始まりを。
仰ぎ見る月は赤く、ただ赤く染まり。
夜は声無き嗚咽に満ちていく。
あの夏は、まだ続いている。
終わりはしない……いや、終わらせはしない。
振り向けば――そう。貴方はいつも私の傍に。
未来永劫、その血染めの手の先で……いつまでも微笑んでいるから。
繰 り 返 さ れ る 真 夏 の 夜 の 夢 は 、
今 は 亡 き 幻 と 共 に ――
END
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喘ぎ啜り泣く、闇の中で。
青白い月に照らされ、孤独に身を染め。
『愛していた』
あの時が昔に見える。
夢から醒めれば…そこはまた夢だった。
深い接吻を交わした時、絡みつく舌さえも愛おしく。
記憶から貴方が消え、苛む哀れみだけが果てなく。
涙が止まらない。
貴方の香りが止まらない。
どうしていなくなったのだろう?
殺してあげたのは、私なのに。
「好きだから…殺してあげただけなのに…」
抱えた首に、懺悔の口づけを。
繰り返される、永久の幻を夢見て。
そして女は、夜叉になる。
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